賃上げ促進税制の繰越税額控除は、控除しきれなかった税額控除額を翌年度以降に持ち越し、後から取り戻せる仕組みです。令和6年度改正で中小企業向けにのみ新設されました。この記事は「繰越」に絞った深掘り編です。控除率や増加額の計算そのものは中小企業向け賃上げ促進税制の実践解説を、制度全体の位置づけは賃上げ促進税制の総まとめを先にご覧ください。
この記事のポイント
- 繰越税額控除は中小企業向け限定。全企業向け・中堅企業向けにはない(措法42の12の5第4項)
- 控除額が法人税額の20%を超える、または赤字で控除しきれない額(繰越税額控除限度超過額)を5年繰越できる
- 繰越控除を受ける年度は「雇用者給与等支給額が前年度より増加」が要件。1.5%は不要で、増えていれば足りる
- 繰り越せるのは実際に控除しきれなかった額。20%枠の使い残しを繰り越すのではない
- 超過額が生じた年度以降、繰越控除を使わない年度も含めて毎期の明細書添付が必要。1期でも漏れると繰越が消える
目次
- 繰越税額控除とは(制度の趣旨と全体像)
- 繰越が生じる仕組み(20%上限)
- 繰越控除を受ける3つの要件
- ケース別の当てはめ
- 繰越欠損金との違い
- 添付書類と手続(明細書)
- 5年の期限管理と複数年の繰越
- 住民税への波及と会計上の扱い
- 総合計算例(繰越して使うまで)
- 想定Q&A(繰越税額控除)
- Q1. 赤字で法人税額がゼロです。申告する意味はありますか
- Q2. 大企業や中堅企業でも繰越できますか
- Q3. 繰越を使う年度は、また1.5%以上の賃上げが必要ですか
- Q4. 繰越を使う年度の給与総額が前年度と同額なら使えますか
- Q5. 20%枠の使い残しは翌年度に繰り越せますか
- Q6. 繰越控除を使わない年度も明細書は必要ですか
- Q7. 明細書の添付を1期忘れたらどうなりますか
- Q8. 繰越欠損金と両方使えますか
- Q9. 発生年度にくるみん認定があれば、繰越年度に認定がなくても35%分を繰り越せますか
- Q10. 複数年分の繰越がある場合、どれから使いますか
- Q11. 繰越を使う年度に中小企業者でなくなっていたら使えますか
- Q12. 設立初年度の賃上げは繰り越せますか
- 判断フロー(繰越の発生から消化まで)
繰越税額控除とは(制度の趣旨と全体像)
賃上げ促進税制の税額控除には、1年あたり「法人税額の20%」という上限があります。この上限や、赤字で法人税額そのものが小さいことが原因で、賃上げをしても控除枠を使い切れない年度が生じます。繰越税額控除は、その控除しきれなかった額を翌年度以降5年間持ち越し、後から控除できるようにする仕組みです。「賃上げの努力が、その年の税額の大きさで頭打ちにならないようにする」制度趣旨だと捉えると、要件の意味が理解しやすくなります。
この繰越は令和6年度税制改正で新設され、令和6年4月1日以後に開始する事業年度から適用されます。根拠は租税特別措置法42条の12の5第4項です。重要なのは、この繰越が中小企業向けにのみ認められている点です。中小企業が全企業向け・中堅企業向けの賃上げ促進税制を選んで適用した場合には、繰越控除は使えません(全企業・中堅企業向けの解説はこちら)。
なぜ中小企業だけなのか
従来の制度では、賃上げをしても赤字で法人税額がない年度は控除の恩恵を受けられませんでした。業況が不安定な中でも中小企業の賃上げを後押しするため、赤字年度の賃上げを翌年度以降に取り戻せる繰越が中小限定で設けられた、という位置づけです。
繰越が生じる仕組み(20%上限)
賃上げ促進税制の1年あたりの控除額は、次のように計算します。まず賃上げ率に応じた税額控除限度額(控除対象雇用者給与等支給増加額に控除率を掛けた金額)を求め、それがその事業年度の調整前法人税額の20%相当額を超える場合は、20%相当額が上限になります。控除率や増加額の求め方は実践解説の記事にまとめています。
繰越税額控除限度超過額とは
計算上の税額控除限度額のうち、20%上限を超えるなどしてその年度に控除しきれなかった金額を「繰越税額控除限度超過額」といいます。これが繰り越される金額の正体です。赤字で調整前法人税額がゼロなら、計算した控除額の全額が繰越税額控除限度超過額になります。
誤解に注意:繰り越せるのは「枠の使い残し」ではない:たとえば法人税額1,000万円なら20%枠は200万円ですが、賃上げの計算上の控除額が150万円しかなければ、控除は150万円で終わり、繰越はゼロです。使わなかった枠50万円を翌期に繰り越すことはできません。繰り越せるのは、あくまで計算した控除額のうち実際に控除しきれなかった部分だけです。
繰越控除を受ける3つの要件
繰り越した額を後の年度で実際に控除するには、次の3つを満たす必要があります。要件ごとに判断軸を分けて整理します。
| 要件 | 内容 |
|---|---|
| ①超過額の発生 | 20%上限や赤字で控除しきれない額が生じている |
| ②繰越年度の賃上げ | 控除する年度に給与総額が前年度より増加している |
| ③明細書の継続添付 | 発生年度以降、毎期の明細書添付を続けている |
特に見落としやすいのが要件②です。ここで求められるのは「雇用者給与等支給額が比較雇用者給与等支給額を超えること」、つまり前年度より給与総額が増えていることだけで、当初適用に必要な1.5%以上という水準までは求められません。わずかでも前年度を上回っていれば、その年度に繰越控除を使えます(国税庁No.5927-2)。逆に、比較雇用者給与等支給額がゼロの年度は「超える」を満たせないため、繰越控除も受けられません。
落とし穴:繰越年度に賃上げが途切れると使えない:繰越枠が残っていても、その年度に給与総額が前年度以下だと繰越控除は使えません。前年に大きく賞与を出した反動で翌年の給与総額が下がる、といったケースでは、せっかくの繰越を消化できないまま5年の期限が近づくことになります。繰越消化を見込むなら、控除する年度も給与総額を前年度以上に保つ視点が要ります。
ケース別の当てはめ
繰越が生じる場面と、その後の扱いを類型で押さえます。
| ケース | 繰越の扱い |
|---|---|
| 黒字だが税額が小さい | 20%上限を超えた分を繰越 |
| 赤字・法人税額がゼロ | 計算した控除額の全額を繰越 |
| 繰越年度も賃上げ継続 | 繰越額を控除できる |
| 繰越年度に給与総額が減少 | その年度は繰越控除不可 |
改正前は、赤字年度に賃上げをしても控除の機会がそのまま失われていました。改正後は、赤字でも要件を満たして明細書を添付しておけば、黒字化した年度に取り戻せます。「今年は赤字だから賃上げ促進税制は関係ない」と判定を省くと、繰越枠を作り損ねることになります。
繰越欠損金との違い
「5年繰越」と聞くと繰越欠損金を思い浮かべる方が多いのですが、両者はまったく別の制度です。混同しないよう、繰り越す対象と効果の違いを押さえます。
| 項目 | 繰越税額控除 | 繰越欠損金 |
|---|---|---|
| 繰り越す対象 | 税額控除の残額 | 欠損金額 |
| 効果 | 税額から直接控除 | 所得から控除 |
| 繰越期間 | 5年 | 10年 |
| 使う年度の条件 | 賃上げ継続 | 所得の発生 |
所得(欠損)を繰り越すのが繰越欠損金、税額控除の残額を繰り越すのが繰越税額控除です。両者は両立し、同じ年度に繰越欠損金の控除と賃上げの繰越税額控除を併せて使うこともあります。繰越欠損金の仕組みは繰越欠損金の記事で整理しています。
添付書類と手続(明細書)
繰越控除は、明細書の添付が要件です。国税庁No.5927-2は、繰越税額控除限度超過額が生じた事業年度以後の各事業年度(繰越控除の適用を受けない事業年度を含む)の確定申告書に「繰越税額控除限度超過額の明細書」を添付し、かつ繰越控除を受けようとする事業年度の確定申告書等に、控除の対象となる繰越税額控除限度超過額・繰越控除を受ける金額・その計算に関する明細書を添付することを求めています。
| 添付する年度 | 添付する明細書 |
|---|---|
| 超過額が生じた年度以降・毎期 | 繰越税額控除限度超過額の明細書 |
| 繰越控除を受ける年度 | 上記に加え繰越控除額の明細書 |
繰越控除を受ける年度の明細書は、正式には「繰越税額控除限度超過額、繰越控除を受ける金額およびその計算に関する明細書」です。申告実務全体の流れは計算・申告実務とQ&Aの記事で確認できます。
様式について:中小企業向け賃上げ促進税制の計算明細は別表六(三十一)系の様式で行い、繰越分はこれに対応する明細書を併せて添付します。様式番号は改正で変わることがあるため、申告の際は適用年度の最新様式を国税庁ホームページで確認してください。
落とし穴:明細書の連続添付が途切れると繰越が消える:「今年は繰越控除を使わないから明細書は不要」というのは誤解です。超過額が生じた年度から控除する年度まで、繰越控除を使わない年度も含めて毎期、繰越税額控除限度超過額の明細書を添付し続ける必要があります。1期でも添付が漏れると、その後の繰越控除を受けられなくなるおそれがあります。赤字で繰越欠損金しか気にしていない年度こそ、添付漏れが起きやすい点に注意してください。
5年の期限管理と複数年の繰越
繰越税額控除限度超過額は、生じた事業年度から5年で期限切れになります。賃上げを続ければ複数の年度で超過額が生じ、それぞれ別々の期限を持つことになります。したがって、どの年度に生じた超過額がいつまで使えるかを年度ごとに管理する必要があります。期限が近い年度の分を優先して消化していくのが、期限切れを避けるうえで合理的です。
落とし穴:使い切る前に期限が来る:控除する年度は「賃上げ継続」と「20%上限」という2つの制約を受けるため、繰越額が大きいと5年以内に使い切れないことがあります。繰越額の残高と各年度の期限、見込まれる法人税額をあわせて管理し、消化計画を立てておくことが実務上のポイントです。
住民税への波及と会計上の扱い
賃上げ促進税制の特別控除を受けると、法人住民税(法人税割)の課税標準となる法人税額が減るため、住民税も実質的に軽くなります。繰越控除でこの控除を後の年度に使えば、その年度の住民税にも波及します。賃上げの実質負担を試算するときは、法人税だけでなく住民税分も見込んでおくと精度が上がります。
会計上、この繰越は仕訳を伴う取引ではなく、申告書上で管理する税額控除の繰越です。税効果会計では、繰り越した税額控除を将来の税負担を減らす資産(繰延税金資産)として認識できる場合がありますが、将来その控除を使えるだけの課税所得と法人税額が見込めるか(回収可能性)の判断が前提になります。繰越年度の賃上げ要件を満たせる見込みかどうかも、回収可能性の判断材料になります。
総合計算例(繰越して使うまで)
1年目(超過額が発生)
給与増加額900万円、賃上げ率3%、くるみん認定ありで控除率35%。
計算上の控除額 = 900万円 × 35% = 315万円
法人税額800万円、20%上限 = 800万円 × 20% = 160万円
当年の控除は160万円。差額155万円が繰越税額控除限度超過額として翌年度以降へ。
2年目(繰越控除を使う)
給与総額が1年目より増加しており、要件②を満たす。法人税額700万円。
20%上限 = 700万円 × 20% = 140万円(当年の新規控除と繰越控除の合計の上限)
繰越155万円のうち140万円を控除。残り15万円はさらに翌年度へ(発生年度から5年以内)。
このように、控除率が高くても税額が小さいと当年で使い切れず、繰越で回収していく形になります。賃上げの意思決定では、単年ではなく繰越を含めた数年スパンで効果を見るのが実践的です。なお2年目に給与総額が前年度以下だった場合は、繰越155万円は使えず、期限内の翌年度以降に繰り越すことになります。
想定Q&A(繰越税額控除)
Q1. 赤字で法人税額がゼロです。申告する意味はありますか
あります。当年の控除はゼロでも、賃上げ要件を満たして明細書を添付すれば、計算した控除額の全額を繰越税額控除限度超過額として5年繰り越せます。黒字化した年度に取り戻せるため、赤字でも判定と明細添付を省かないことが重要です。逆にここを飛ばすと繰越枠自体が作れません。
Q2. 大企業や中堅企業でも繰越できますか
できません。繰越税額控除は中小企業向け賃上げ促進税制に限って認められています。中小企業が全企業向けや中堅企業向けを選んで適用した場合も、その年度分は繰越の対象になりません。繰越を活かすなら、中小企業向けの適用を前提に検討します。
Q3. 繰越を使う年度は、また1.5%以上の賃上げが必要ですか
必要ありません。繰越控除を受ける年度の要件は「雇用者給与等支給額が前年度より増加していること」だけで、1.5%という水準は求められません。わずかでも前年度を上回っていれば繰越控除を使えます。一方、当初適用(新たに控除を発生させる年度)には1.5%以上が必要で、両者は区別されます。
Q4. 繰越を使う年度の給与総額が前年度と同額なら使えますか
使えません。要件は「前年度を超えること」なので、同額では満たしません。1円でも上回っている必要があります。また比較雇用者給与等支給額がゼロの年度も「超える」を満たせないため、繰越控除は受けられません。
Q5. 20%枠の使い残しは翌年度に繰り越せますか
繰り越せません。繰り越せるのは、計算した控除額のうち実際に控除しきれなかった部分だけです。控除額が20%枠に収まっていれば繰越はゼロで、使わなかった枠を持ち越すことはできません。
Q6. 繰越控除を使わない年度も明細書は必要ですか
必要です。超過額が生じた年度から控除する年度まで、繰越控除を使わない年度も含めて毎期、繰越税額控除限度超過額の明細書を添付し続ける必要があります。使う予定がないからと省略すると、後で繰越控除を受けられなくなるおそれがあります。
Q7. 明細書の添付を1期忘れたらどうなりますか
その後の繰越控除を受けられなくなるおそれがあります。連続添付が要件とされているため、途中で途切れると繰越の権利を維持できません。赤字で繰越欠損金だけに気を取られている年度は特に添付漏れが起きやすいので、チェックリストに入れておくと安全です。
Q8. 繰越欠損金と両方使えますか
使えます。繰越欠損金は所得(欠損)の繰越、繰越税額控除は税額控除の残額の繰越で、別制度です。同じ年度に繰越欠損金の控除と賃上げの繰越税額控除を併せて適用することもあります。ただし、それぞれ固有の要件と明細書があるので、別々に管理します。
Q9. 発生年度にくるみん認定があれば、繰越年度に認定がなくても35%分を繰り越せますか
繰り越されるのは、発生年度に確定した控除額のうち控除しきれなかった金額そのものです。上乗せを含めて計算された金額が繰越額になるため、繰越を使う年度に改めて認定を取り直す必要はありません。ただし繰越を使う年度には、要件②(給与総額が前年度より増加)を別途満たす必要があります。
Q10. 複数年分の繰越がある場合、どれから使いますか
各年度に生じた超過額は、それぞれ発生年度から5年で期限切れになります。期限切れによる失効を避けるため、期限が近い(古い年度に生じた)分から優先して消化するのが実務上合理的です。残高と期限を年度別に管理しておきましょう。
Q11. 繰越を使う年度に中小企業者でなくなっていたら使えますか
繰越控除もこの制度の一部なので、控除を受ける年度に中小企業者等であることが前提になります。資本金の増加や大規模法人による出資などで中小企業者に当たらなくなった年度は、繰越控除を受けられないおそれがあります。組織再編や増資を予定している場合は、繰越消化への影響を事前に確認してください。
Q12. 設立初年度の賃上げは繰り越せますか
設立事業年度は賃上げ促進税制そのものの適用ができないため、その年度に控除や繰越は生じません。前年度がない設立初年度は比較対象がなく、要件を満たしようがないためです。適用は事業年度が一巡した以降になります。
判断フロー(繰越の発生から消化まで)
| 手順 | 判断内容 |
|---|---|
| 1 | 中小企業向けで賃上げ要件を満たし、税額控除額を計算する |
| 2 | 20%上限や赤字で控除しきれない額(超過額)が生じたか確認 |
| 3 | 生じた年度に繰越税額控除限度超過額の明細書を添付 |
| 4 | 控除しない年度も毎期、明細書の添付を継続 |
| 5 | 給与総額が前年度より増加した年度に繰越控除を適用 |
| 6 | 当年控除と合わせ法人税額の20%を上限に控除、残りは期限内に繰越 |
まとめ
- 繰越税額控除は中小企業向け限定。全企業向け・中堅企業向けにはない(措法42の12の5第4項)。
- 20%上限や赤字で控除しきれない額(繰越税額控除限度超過額)を5年繰越できる。
- 繰越を使う年度は給与総額が前年度より増加していれば足り、1.5%は不要。
- 繰り越せるのは実際に控除しきれなかった額で、20%枠の使い残しではない。
- 発生年度以降は毎期の明細書添付が必要。1期でも漏れると繰越が消える。
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出典・参考
- 国税庁 No.5927-2 給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除(中小企業者等における賃上げ促進税制)
- 国税庁 令和6年度 法人税関係法令の改正の概要(賃上げ促進税制の見直し)
- 中小企業庁 中小企業向け「賃上げ促進税制」
- 根拠法令:租税特別措置法42条の12の5第4項、租税特別措置法施行令27条の12の5、租税特別措置法施行規則20条の10
※本記事は令和8年8月時点の法令および国税庁公表資料(租税特別措置法42条の12の5、国税庁タックスアンサーNo.5927-2、令和6年度改正の概要)に基づく一般的な解説です。計算例は概算であり、実際の控除額・繰越額は給与等の範囲、雇用安定助成金や調整増加額、控除上限、認定の有無、様式等により異なります。適用にあたっては最新のガイドブックや所轄税務署、税理士にご確認ください。

