賃上げ促進税制を完全解説【令和8年度改正対応】区分判定・控除率・計算・手続きの総まとめ

法人税

賃上げ促進税制は、前年度より給与等を増やした企業が、その増加額の一定割合を法人税(個人事業主は所得税)から直接控除できる制度です。令和8年度税制改正で制度は大きな転換点を迎え、全企業(大企業)向けは令和8年4月1日以後開始事業年度で廃止、中堅企業向けは要件を強化して令和9年3月末で廃止、中小企業向けは教育訓練費の上乗せ廃止により最大控除率が45%から35%へ引き下げられました。本記事は制度の全体像をまとめた総合ハブです。区分ごとの詳しい解説や計算・申告の実務は、末尾の関連記事に分けてあります。経済産業省・中小企業庁のガイドブックと令和8年度税制改正大綱を一次情報として確認しています。

この記事のポイント

  • 賃上げ促進税制は全企業向け・中堅企業向け・中小企業向けの3区分。いずれか1つの選択適用で併用不可
  • 令和8年度改正で、全企業向けは令和8年4月1日以後開始事業年度で廃止
  • 中堅企業向けは継続雇用者4%以上へ要件強化のうえ令和9年3月末で廃止
  • 中小企業向けは教育訓練費の上乗せ廃止で最大控除率が45%から35%へ。制度は継続
  • 判定は継続雇用者(中小は全雇用者)、控除額は全雇用者の増加額×控除率。上限は税額の20%
  • 資本金1億円以下でもみなし大企業・適用除外事業者は中小向けの対象外

このシリーズの構成

本記事(ハブ)で全体像をつかみ、自社の区分に応じて詳細記事へ進む構成です。

賃上げ促進税制とは(目的と沿革)

賃上げ促進税制は、青色申告法人・個人事業主が一定以上の賃上げを行った場合に、給与等支給額の増加額に税額控除率を乗じた額を法人税額等から控除できる制度です。平成25年度に創設された「所得拡大促進税制」を源流とし、令和4年度改正で人材確保等促進税制を統合する形で現在の「賃上げ促進税制」となりました。物価上昇を上回る構造的・持続的な賃上げを後押しすることを目的としています。

税額控除であるインパクト

賃上げ分はそもそも損金算入されるため、黒字企業ではおおむね3割の税負担軽減効果があります。これに加えて賃上げ促進税制で最大35%が税額から直接控除されるため、賃上げ分の負担の相当部分が軽減される計算になります。所得控除ではなく税額控除である点が、この制度の効きの強さです。

3区分の判定(自社はどれに当たるか)

制度は企業規模に応じて3区分に分かれます。まず自社がどの区分に該当するかを判定します。

区分 主な対象
中小企業向け 資本金1億円以下の法人(大規模法人の支配下にあるもの等を除く)、従業員数1,000人以下の個人事業主、協同組合等
中堅企業向け 従業員数2,000人以下の法人・個人事業主(グループ合計が1万人超のものを除く)
全企業向け(実質は大企業向け) 上記いずれにも該当しない法人・個人事業主

ヒント:中小企業者等は、要件を満たせば中堅企業向け・全企業向けの制度を選ぶこともできます。ただし3区分はいずれか1つの選択適用で、併用はできません。一般に中小企業向けが最も手厚いため、中小企業はまず中小企業向けで試算するのが基本です。

中小企業者等の細かい判定(みなし大企業・適用除外事業者)

「資本金1億円以下=中小企業向け」と単純に考えると、思わぬ落とし穴があります。資本金が1億円以下でも、次に該当すると中小企業向けの対象から外れます。

みなし大企業(大規模法人の支配下)

次のいずれかに当たる法人は、資本金1億円以下でも中小企業者から除かれます。

  • 発行済株式等の2分の1以上を同一の大規模法人に所有されている法人
  • 発行済株式等の3分の2以上を複数の大規模法人に所有されている法人

ここでの「大規模法人」とは、資本金1億円超の法人、資本を有しない法人で従業員1,000人超の法人、資本金5億円以上の法人等との間に完全支配関係がある法人などをいい、中小企業投資育成株式会社は除きます。親会社が大きい子会社は、資本金が小さくても中小企業向けを使えないことになります。

適用除外事業者(前3年平均所得15億円超)

資本金1億円以下でも、その事業年度開始の日前3年以内に終了した各事業年度の所得金額の年平均額が15億円を超える法人は「適用除外事業者」として中小企業向けの対象から外れます。実態が大企業に近い高収益法人を除く趣旨です。判定の「所得金額」は会計上の利益ではなく税務上の所得(別表一の金額)が基礎になります。なお設立後3年を経過していない法人は、原則としてこの適用除外事業者に該当しません。

ヒント:みなし大企業・適用除外事業者に当たる場合でも、賃上げ自体がなくなるわけではありません。中堅企業向けや全企業向け(令和8年3月末までに開始する事業年度)の要件を満たせば、そちらで適用できる可能性があります。

令和8年度改正の全体像

令和7年12月公表の令和8年度税制改正大綱で、賃上げ促進税制は「企業規模に応じた縮小・分離」の方針が示されました。改正の骨子は次の3点です。

区分 改正内容
全企業(大企業)向け 適用期限を1年前倒しし、令和8年3月31日までに開始する事業年度で廃止(令和8年4月1日以後開始事業年度は適用なし)
中堅企業向け 原則控除率の賃上げ要件を継続雇用者3%以上から4%以上へ強化のうえ、令和9年3月31日で廃止
中小企業向け 教育訓練費の上乗せ(10%)を廃止。制度自体は当面継続

廃止・強化の背景

大綱では、賃上げ(人的資本投資)は株主からも求められる当然の責務であるとの認識、税制優遇による雇用固定化が成長分野への労働移動を妨げるとの指摘が示されました。また教育訓練費の上乗せは、増加額を上回る減税が生じる逆転現象が会計検査院から指摘されており、政策効果との結び付きの弱さを理由に全区分で廃止されます。

まず押さえる用語の定義

この制度は用語の定義が要件判定の肝になります。混同しやすい4つを整理します。

雇用者給与等支給額

適用年度に損金算入される、全ての国内雇用者に対する給与等の総額です。国内雇用者にはパート・アルバイト・日雇いも含みますが、役員やその特殊関係者、個人事業主の特殊関係者は除きます。給与・賞与・各種手当が対象で、退職金は原則含みません。税額控除額はこの「全雇用者ベースの増加額」に控除率を乗じて計算します。

継続雇用者給与等支給額

前事業年度と適用年度の全ての月に給与の支給を受け、両期間の全期間で雇用保険の一般被保険者であり、継続雇用制度(定年後再雇用)の対象でない者の給与等です。全企業向け・中堅企業向けでは、賃上げ要件の「増加率」はこの継続雇用者ベースで判定します。判定は継続雇用者、控除額の計算は全雇用者、という二段構造に注意が必要です。

雇用安定助成金額

雇用調整助成金など、国・地方公共団体から受ける一定の助成金です。給与等支給額の計算では、原則としてこの助成金額を控除して増加額を算定します(増加率の判定上は控除しないケースもあり、計算箇所で扱いが異なるため要確認)。

教育訓練費

国内雇用者の職務に必要な技術・知識の習得・向上のための費用です。外部講師謝金、外部施設使用料、研修委託費、外部研修参加費などが該当します。改正前は上乗せ要件の判定対象でしたが、令和8年4月1日以後開始事業年度では上乗せ措置が廃止されます(費用自体の損金性は変わりません)。

全企業(大企業)向けの内容と廃止

全企業向けは、継続雇用者給与等支給額の増加率に応じて控除率が決まり(原則と上乗せで最大35%)、全雇用者の増加額に乗じて控除額を算出する仕組みでした。しかし今回の改正で前倒し廃止されます。

令和8年4月1日以後開始事業年度は適用なし

本来の適用期限(令和9年3月31日)を1年前倒しし、令和8年3月31日までに開始する事業年度をもって終了します。中堅・中小のいずれにも該当しない大企業は、令和8年4月1日以後に開始する事業年度では賃上げによる税額控除を受けられません。3月決算法人なら、令和7年4月~令和8年3月期が最後の適用機会です。会計上は繰延税金資産の見積りなど、次年度以降の税効果会計への反映も検討が必要になります。

中堅企業向けの内容(4%要件強化)

中堅企業向けは、令和8年4月1日から令和9年3月31日までに開始する事業年度について、原則控除率(10%)を受けるための賃上げ要件が継続雇用者給与等支給額の前年度比「3%以上」から「4%以上」へ強化されたうえで、令和9年3月末に廃止されます。

この強化により、継続雇用者ベースで3%以上4%未満の賃上げでは、中堅企業向けの原則控除を受けられなくなります。3%台で適用してきた企業は、賃上げ水準の引上げを検討するか、中小企業に該当する場合は中小企業向けへの切替えを検討する必要があります。

計算例:中堅企業(改正後)

継続雇用者給与等支給額 前年1億円から当年1億420万円(+4.2%)で4%以上を満たす

全雇用者の増加額 = 5億2,000万円 - 5億円 = 2,000万円

原則控除率10%:2,000万円 × 10% = 200万円を税額控除

なお、くるみん・えるぼし等による上乗せは一定の範囲で残りますが、教育訓練費の上乗せは廃止されます。

中小企業向けの控除率と計算ステップ

中小企業向けは制度の骨格が維持され、当面継続します。賃上げ要件は全雇用者(雇用者給与等支給額)ベースで判定する点が、継続雇用者で判定する全企業・中堅向けと異なります。改正後の控除率は次のとおりです。

賃上げ率(給与総額の前年度比) 控除率
1.5%以上 2.5%未満 15%
2.5%以上 30%
上乗せ:くるみん・えるぼし等の認定
(上の控除率に加算)
+5%
改正後の最大控除率(30% + 上乗せ5%) 35%

控除率は賃上げ率に応じて段階的に決まり、高い方の率が適用されます。たとえば賃上げ率が3%なら適用されるのは30%で、これにくるみん・えるぼし等の認定があれば+5%が上乗せされます。

教育訓練費の上乗せ(+10%)は廃止:改正前は教育訓練費の増加で+10%の上乗せがあり、最大控除率は「30%+10%+5%=45%」でした。令和8年4月1日以後に開始する事業年度ではこの上乗せが廃止され、最大は「30%+5%=35%」へと10ポイント下がります。必須部分(15%・30%)とくるみん等+5%は維持されています。

計算の4ステップ

  1. 増加率を出す:増加率 =(適用年度の雇用者給与等支給額 - 比較雇用者給与等支給額)÷ 比較雇用者給与等支給額。1.5%・2.5%の判定に使う。
  2. 控除率を決める:増加率と認定の有無から控除率(15%/30%、+5%)を確定。
  3. 控除額を計算:全雇用者の増加額 × 控除率。雇用安定助成金がある場合は控除して計算。
  4. 控除上限を適用:法人税額の20%を上限とし、超過分は中小なら5年繰越。

計算例:中小企業(改正後)

給与総額 前年3億円から当年3億900万円(+3%、2.5%以上を満たす)

増加額 = 900万円

控除率30%:900万円 × 30% = 270万円

くるみん等で+5%(35%):900万円 × 35% = 315万円

ただし法人税額が800万円なら控除上限は160万円。超過分は5年繰越。

上乗せ措置(くるみん・えるぼし)

教育訓練費の上乗せが廃止された後も、子育てと仕事の両立支援・女性活躍推進に関する上乗せ(+5%)は残ります。厚生労働大臣の次の認定を受けている場合に適用されます。

  • くるみん・くるみんプラス認定(子育てサポート)/プラチナくるみん等
  • えるぼし認定(2段階目以上)/プラチナえるぼし(女性活躍推進)

ヒント:認定の取得時期に要件があり、種類によって「適用年度終了の日に認定取得」または「適用年度中に認定取得」が求められます。決算直前に動いても間に合わないことがあるため、+5%を狙うなら申請スケジュールを早めに確認しましょう。

マルチステークホルダー方針

一定規模以上の企業が全企業向け・中堅企業向けを適用する場合、マルチステークホルダー方針(給与引上げ・取引先との適切な関係構築等の方針)の公表と届出が適用要件になります。これを怠ると税額控除そのものが受けられません。

適用区分 公表・届出が必要な事業者
全企業向け 資本金10億円以上かつ従業員1,000人以上、または従業員2,000人超の法人/従業員2,000人超の個人事業主
中堅企業向け 資本金10億円以上かつ従業員1,000人以上の法人

手続きと期限:自社サイトでの方針公表に加え、様式第二で経済産業大臣へ届け出ます。届出期限は適用事業年度終了の日の翌日から45日を経過する日。法人税申告書の完成前に期限が来ることが多く、また方針には「パートナーシップ構築宣言」のURL掲載が必要で、gBizIDの取得や宣言の登録に各10日~2週間程度かかります。適用可能性がある企業は、賃上げの最終確定を待たず早めに公表・届出を済ませておくのが安全です。

控除上限・5年繰越・手続き・添付書類

税額控除には法人税額(個人事業主は所得税額)の20%という上限があります。賃上げ要件を満たしても、黒字で税額が小さいと計算上の控除額を使い切れないことがあります。

中小企業向けの5年繰越

中小企業向けでは、控除上限により控除しきれなかった額を翌年度以降最大5年間繰り越せます。赤字や税額が少ない年度でも、繰越のためにその年度の申告書への記載と明細書の添付が必要です。繰り越して控除する年度は、全雇用者の給与等支給額が前年度より増加していることが条件になります。

適用には、確定申告書等に控除対象雇用者給与等支給増加額・継続雇用者給与等支給額・控除を受ける金額とその計算明細を記載した書類の添付が必要です(法人は適用額明細書も)。教育訓練費の上乗せを使う場合(廃止前の年度)は明細書の保存、マルチステークホルダー方針が要件となる場合は受理通知書の写しの添付も求められます。

法人住民税・事業税(付加価値割)との関係

法人住民税にも効果が及ぶ(中小)

中小企業向けで法人税額の特別控除を受けると、法人住民税(法人税割)の課税標準となる法人税額も減るため、住民税も実質的に軽減されます。法人税の控除額をそのまま住民税から差し引くわけではありませんが、控除後の法人税額をベースに住民税が計算されることで波及効果が生じます。試算では法人税だけでなく住民税への影響も見込んでおくとよいでしょう。

外形標準課税(付加価値割)の控除

外形標準課税の対象法人には、給与等が増加した場合に事業税の付加価値割の課税標準から雇用者給与等支給額の増加額を控除できる別の措置があります。令和8年度改正では、この付加価値割の控除について適用対象から大企業を除外するなどの見直しが行われました。法人税の賃上げ促進税制とは別制度ですが、賃上げに伴う地方税の負担にも関わるため、外形標準課税の対象法人は併せて確認が必要です。

実務の注意点とよくある誤り

  • 「判定は継続雇用者・計算は全雇用者」を混同しない。全企業・中堅向けは増加率を継続雇用者で判定し、控除額は全雇用者の増加額で計算します。中小向けは判定も計算も全雇用者ベースです。
  • 給与等の範囲。対象は給与・賞与・手当で、退職金は原則含みません。出向者給与の負担金や賃上げを補填する助成金など、他の者から支払を受ける金額は控除します。
  • 雇用安定助成金の控除。雇用調整助成金等は控除して増加額を算定します。計算箇所により扱いが異なるため、ガイドブックの算式に沿って処理します。
  • 赤字でも検討を。中小は繰越があるため、欠損年度でも要件を満たせば明細添付で繰越枠を確保できます。
  • 控除率低下を他制度で補う。少額減価償却資産の特例や交際費の損金算入枠など、維持・拡充された中小企業支援税制と組み合わせ、総合的に税負担を検討します。
  • 最新ガイドブックで確認。経済産業省・中小企業庁は「ご利用ガイドブック」と「Q&A集」を随時更新しています。適用判定や計算の細部は最新版で確認するのが確実です。

自社の区分を見分ける判断フロー

どの区分で適用するか、また令和8年度改正後に適用できるかを、次の順序で判定します。

手順 判断内容
1 資本金1億円以下か。Yesでも、みなし大企業・適用除外事業者(前3年平均所得15億円超)に当たれば中小向けは不可
2 中小向けが使えるなら、まず中小向けで試算(最も手厚い)。判定も計算も全雇用者ベース
3 中小に当たらず従業員2,000人以下なら中堅企業向け。令和8年4月以後は継続雇用者4%以上が必要、令和9年3月末で廃止
4 いずれにも当たらない大企業は全企業向け。ただし令和8年4月1日以後開始事業年度は適用なし(廃止)
5 一定規模(資本金10億円以上かつ従業員1,000人以上、または従業員2,000人超)はマルチステークホルダー方針の公表・届出が必要
6 控除率を確定し、全雇用者の増加額×控除率で控除額を算出。法人税額の20%を上限とし、中小は超過分を5年繰越

まとめ

  • 全企業(大企業)向けは令和8年4月1日以後開始事業年度で適用廃止。
  • 中堅企業向けは原則控除の要件を継続雇用者4%以上へ強化し、令和9年3月末で廃止。
  • 中小企業向けは教育訓練費の上乗せ廃止で最大控除率が45%から35%へ。制度は継続。
  • 判定は継続雇用者(中小は全雇用者)、控除額は全雇用者の増加額×控除率。上限は税額の20%。
  • 中小は控除しきれない分を5年繰越可。一定規模はマルチステークホルダー方針の公表・届出が必須。

出典・参考

※本記事は令和8年6月時点の情報に基づく一般的な解説です。改正内容は関係法令・通達により細部が定まります。計算例は概算であり、実際の控除額は給与等の範囲・雇用安定助成金の控除・控除上限・認定の有無等により異なります。適用にあたっては最新のガイドブックや所轄税務署、税理士にご確認ください。

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