この記事は、賃上げ促進税制の中小企業向けに絞った実践編です。控除率の決まり方、増加率の計算、控除額の算定、上限と繰越まで、実際の申告で迷うポイントを計算例つきで解説します。制度全体の位置づけや区分判定は賃上げ促進税制の総まとめ(ハブ記事)を先に読むと理解が早まります。なお令和8年4月1日以後に開始する事業年度では教育訓練費の上乗せが廃止され、最大控除率は45%から35%へ下がっています。
この記事のポイント
- 中小企業向けは判定も計算も全雇用者ベースでシンプル。継続雇用者の集計は不要
- 控除率は1.5%増で15%、2.5%増で30%、くるみん等の認定で+5%(改正後の最大35%)
- 控除のベースは調整雇用者給与等支給増加額が上限。雇用安定助成金を控除して計算
- 控除上限は法人税額の20%。控除しきれない分は最大5年繰越(繰越年度は賃上げ継続が条件)
- 法人税の控除は法人住民税にも波及。実質負担は住民税まで含めて試算する
対象と判定(全雇用者ベース)
中小企業向けの対象は、青色申告書を提出する中小企業者等(資本金1億円以下の法人、協同組合等)や従業員1,000人以下の個人事業主です。ただしみなし大企業(大規模法人に株式の2分の1以上を保有等)や適用除外事業者(前3年平均所得15億円超)は除かれます(詳細はハブ記事を参照)。
判定も計算も「全雇用者」ベース
全企業向け・中堅企業向けが「継続雇用者で判定・全雇用者で計算」と二段構えなのに対し、中小企業向けは賃上げ要件の判定も控除額の計算も全雇用者(雇用者給与等支給額)で完結します。継続雇用者の集計が不要なぶん、実務はシンプルです。
控除率の決まり方(改正後)
| 賃上げ率(給与総額の前年度比) | 控除率 |
|---|---|
| 1.5%以上 2.5%未満 | 15% |
| 2.5%以上 | 30% |
| 上乗せ:くるみん・えるぼし等の認定 (上の控除率に加算) |
+5% |
| 改正後の最大控除率(30% + 上乗せ5%) | 35% |
控除率は賃上げ率に応じて段階的に決まり、高い方の率が適用されます。たとえば賃上げ率が3%なら、1.5%以上も満たしますが適用されるのは30%です。これに、くるみん・えるぼし等の認定があれば+5%が上乗せされます。
教育訓練費の上乗せ(+10%)は廃止:改正前は教育訓練費を増やすと+10%の上乗せがあり、最大控除率は「30%+10%+5%=45%」でした。令和8年4月1日以後に開始する事業年度ではこの上乗せが廃止され、最大は「30%+5%=35%」に下がります。必須部分(15%・30%)とくるみん等+5%は維持されています。
計算の4ステップ
- 増加率を出す:増加率 =(適用年度の雇用者給与等支給額 - 比較雇用者給与等支給額)÷ 比較雇用者給与等支給額。これで1.5%・2.5%の判定を行う。
- 控除率を決める:増加率と認定の有無から控除率(15%/30%、+5%)を確定。
- 控除額を計算:控除対象雇用者給与等支給増加額 × 控除率。増加額は雇用安定助成金等を控除して算定し、後述の調整増加額が上限。
- 控除上限を適用:法人税額の20%を上限とし、超過分は5年繰越。
ヒント:給与等支給額の計算では、給与等に充てるため他の者から支払を受ける金額(賃上げを補填する助成金、出向先からの給与負担金など)を差し引きます。一方、看護職員処遇改善評価料や介護職員処遇改善加算など役務提供の対価は控除しない取扱いに整理されています。
調整雇用者給与等支給増加額という上限
控除のベースになる「控除対象雇用者給与等支給増加額」には、調整雇用者給与等支給増加額が上限として設けられています。これは、雇用安定助成金額(雇用調整助成金など)を控除した給与等支給額で計算した増加額です。
考え方
控除対象 = min(単純な増加額、雇用安定助成金控除後の調整増加額)
例:単純増加額1,000万円/調整増加額850万円 のとき、控除対象は850万円。控除率30%なら 850万円 × 30% = 255万円。
助成金で穴埋めした分まで控除対象にしない、という調整です。コロナ禍で雇用調整助成金を多く受けた年度などは、この上限が効いて控除額が抑えられることがあります。
控除上限(税額の20%)と5年繰越
税額控除額は法人税額(個人事業主は所得税額)の20%が上限です(通常・上乗せ共通)。黒字でも税額が小さいと計算上の控除額を使い切れないことがあります。
控除しきれない分は最大5年繰越(中小の強み)
中小企業向けでは、控除上限により控除しきれなかった額を翌年度以降最大5年間繰り越せます。赤字や税額ゼロの年度でも、繰越のためにその年度の申告書に明細書を添付しておく必要があります。
繰越して使う年度の追加要件:繰り越した額を実際に控除する事業年度は、全雇用者の給与等支給額が前年度より増加していることが条件です。さらに、その年度の比較雇用者給与等支給額がゼロの場合は適用不可となります。繰越枠があっても自動では使えない点に注意してください。
法人住民税への波及
中小企業向けで法人税額の特別控除を受けると、法人住民税(法人税割)の課税標準となる法人税額も減るため、住民税も実質的に軽減されます。法人税の控除額をそのまま住民税から引くわけではありませんが、控除後の法人税額をもとに住民税が計算されるため、波及効果が生じます。試算の際は住民税分も見込んでおくと、賃上げの実質負担をより正確に把握できます。
総合計算例
前提(改正後・令和8年4月以後開始事業年度)
前年の給与総額3億円、当年3億900万円(+3%)。雇用安定助成金なし。くるみん認定あり。法人税額800万円。
①増加率 =(3億900万 - 3億)÷ 3億 = 3.0%(2.5%以上を満たす)
②控除率 = 30% + くるみん5% = 35%
③控除額(計算上)= 900万 × 35% = 315万円
④控除上限 = 800万 × 20% = 160万円
よって当年の控除は160万円。残り155万円は5年繰越(翌年度以降、賃上げ継続を条件に控除)。
このように、控除率が高くても税額が小さいと当年で使い切れず、繰越で回収する形になります。賃上げの意思決定では、繰越も含めた数年スパンでの効果を見るのが実践的です。
想定Q&A(中小企業向け)
Q1. 賞与だけ増やして月給は据え置きでも要件を満たせますか
満たせます。判定対象は給与・賞与・手当を含む雇用者給与等支給額の総額なので、賞与の増加でも前年度比1.5%以上(30%なら2.5%以上)を満たせば適用できます。退職金は対象に含まれません。
Q2. 教育訓練費を増やせば上乗せを受けられますか
令和8年4月1日以後に開始する事業年度では教育訓練費の上乗せ(+10%)は廃止されています。それより前の年度なら、教育訓練費が雇用者給与等支給額の0.05%以上等の要件で上乗せを受けられました。現在は、上乗せはくるみん・えるぼし等の認定による+5%のみです。
Q3. 赤字で法人税額がゼロです。申告する意味はありますか
あります。当年の控除はゼロでも、要件を満たして明細書を添付すれば控除しきれない額を最大5年繰り越せます。繰越枠を確保するため、赤字でも適用要件の判定と明細添付を行っておきましょう。繰り越した額を実際に控除する年度は、全雇用者の給与等支給額が前年度より増加していることが条件です。
Q4. 雇用調整助成金を受けています。控除額に影響しますか
影響します。控除のベースとなる控除対象雇用者給与等支給増加額は、雇用安定助成金額を控除した調整増加額が上限です。助成金を多く受けた年度は、単純な給与増加額より控除対象が小さくなることがあります。
Q5. くるみん認定はいつまでに取れば+5%を使えますか
適用を受ける事業年度に認定を受けていることが要件です(認定の種類で取得時期の扱いが異なります)。過去に取得した認定で上乗せを受けることはできません。決算直前では間に合わないことがあるため、申請スケジュールを前もって確認しましょう。
計算の判断フロー(中小企業向け)
| 手順 | 判断内容 |
|---|---|
| 1 | 中小企業者等に当たるか(みなし大企業・適用除外事業者でないか)を確認 |
| 2 | 増加率=(適用年度の雇用者給与等支給額-比較額)÷比較額で1.5%・2.5%を判定 |
| 3 | 控除率を確定(15%/30%、くるみん等+5%) |
| 4 | 控除対象=min(単純増加額、雇用安定助成金控除後の調整増加額)×控除率 |
| 5 | 法人税額の20%を上限に控除。超過分は明細添付で5年繰越 |
| 6 | 法人住民税への波及も見込んで実質負担を試算 |
まとめ
- 中小は判定も計算も全雇用者ベースでシンプル。
- 控除率は1.5%で15%、2.5%で30%、くるみん等+5%(最大35%)。
- 控除対象は調整雇用者給与等支給増加額が上限(雇用安定助成金を控除)。
- 控除上限は法人税額の20%。超過分は最大5年繰越(繰越年度は賃上げ継続が条件)。
- 法人住民税にも波及。実質負担は住民税まで含めて試算を。
出典・参考
※本記事は令和8年6月時点の情報に基づく一般的な解説です。計算例は概算であり、実際の控除額は給与等の範囲・雇用安定助成金や調整増加額・控除上限・認定の有無等により異なります。適用にあたっては最新のガイドブックや所轄税務署、税理士にご確認ください。


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