全企業・中堅企業向け賃上げ促進税制とマルチステークホルダー方針|廃止・4%要件・届出実務

法人税

この記事は、賃上げ促進税制の全企業(大企業)向け・中堅企業向けと、これらに固有のマルチステークホルダー方針の手続きを実務目線で解説します。令和8年度改正で全企業向けは廃止、中堅企業向けは要件強化のうえ令和9年3月末で廃止と、いずれも縮小局面にあります。制度全体の位置づけは賃上げ促進税制の総まとめ(ハブ記事)を参照してください。

この記事のポイント

  • 全企業向け・中堅企業向けは「継続雇用者で賃上げ要件を判定・全雇用者の増加額で控除額を計算」の二段構え
  • 全企業(大企業)向けは令和8年4月1日以後開始事業年度で廃止
  • 中堅企業向けは原則控除の要件が継続雇用者4%以上へ強化され、令和9年3月末で廃止
  • 一定規模はマルチステークホルダー方針の公表・届出が適用要件。怠ると控除自体が不可
  • 公表期限は事業年度終了の日、届出期限はその翌日から45日。期限が別なので注意
  • gBizIDプライムやパートナーシップ構築宣言の準備に各2週間前後かかる。早めの着手が必須

「継続雇用者で判定・全雇用者で計算」の仕組み

全企業向け・中堅企業向けに共通する最大の特徴が、賃上げ要件の判定と控除額の計算で使う母集団が異なる点です。中小企業向けが全雇用者で完結するのと対照的です。

プロセス 使う母集団
賃上げ要件(増加率)の判定 継続雇用者給与等支給額の増加率
税額控除額の計算 全雇用者の給与等支給額の増加額 × 控除率

継続雇用者とは

前事業年度と適用年度の全ての月に給与の支給を受け、両期間の全期間で雇用保険の一般被保険者であり、かつ定年後の継続雇用制度の対象でない者です。期中入社・退職者や、再雇用の高齢者は除かれます。この継続雇用者ベースの増加率で「3%/4%/5%」といった賃上げ要件を判定します。

全企業(大企業)向けの廃止

令和8年4月1日以後開始事業年度は適用なし

本来の適用期限(令和9年3月31日)を1年前倒しし、令和8年3月31日までに開始する事業年度をもって廃止されます。中堅・中小のいずれにも該当しない大企業は、令和8年4月1日以後に開始する事業年度では賃上げによる税額控除を受けられません。3月決算なら令和7年4月~令和8年3月期が最後の適用機会です。

廃止前の全企業向けは、継続雇用者の増加率に応じた原則控除率に、子育て・女性活躍支援やマルチステークホルダーの取組みを反映した上乗せを加え、最大35%を全雇用者の増加額に乗じる仕組みでした。会計上は、廃止に伴う繰延税金資産の見積りの見直しなど、税効果会計への影響を次年度以降に反映する必要があります。

中堅企業向けの判定と4%要件

中堅企業向けの対象は、青色申告書を提出する従業員数2,000人以下の法人・個人事業主です。ただし、その法人と支配関係がある法人の従業員合計が1万人を超える場合は中堅企業から除かれ、大企業として扱われます。みなし大企業・適用除外事業者の除外もあります。

令和8年4月1日以後は要件強化:原則控除率(10%)を受けるための賃上げ要件が、継続雇用者給与等支給額の前年度比3%以上から4%以上へ引き上げられます。継続雇用者ベースで3%以上4%未満の賃上げでは原則控除を受けられなくなり、制度自体も令和9年3月末で廃止されます。

計算例(改正後の中堅企業)

継続雇用者給与等支給額 前年1億円から当年1億420万円(+4.2%)で4%以上を満たす

全雇用者の増加額 = 5億2,000万 - 5億 = 2,000万円

原則控除率10%:2,000万 × 10% = 200万円(上限は法人税額の20%)

くるみん・えるぼし等による上乗せは一定の範囲で残りますが、教育訓練費の上乗せは廃止されます。

マルチステークホルダー方針が必要な企業

一定規模以上の企業が全企業向け・中堅企業向けを適用する場合、マルチステークホルダー方針(給与引上げ・取引先との適切な関係構築等の方針)の公表と届出が適用要件になります。これを満たさないと税額控除そのものが受けられません。

適用区分 公表・届出が必要な事業者
全企業向け 資本金10億円以上かつ従業員1,000人以上、または従業員2,000人超の法人/従業員2,000人超の個人事業主
中堅企業向け 資本金10億円以上かつ従業員1,000人以上の法人

ヒント:従業員2,000人超の法人は、令和6年度改正で新たに公表要件の対象に加わりました。また、資本金1億円以下でも従業員2,000人超で全企業向けを適用する場合(大企業の子会社で中小企業向けを使えない場合等)には、公表要件の充足が必要です。自社の従業員数と資本金の組合せを正確に確認しましょう。

公表・届出の流れと期限

  1. 方針の作成・公表:様式第一を用いてマルチステークホルダー方針を作成し、自社ホームページで公表。公表期限は適用事業年度終了の日(個人事業主は適用年の12月31日)まで
  2. 届出:様式第二で経済産業大臣へ「公表した旨」を届け出る。届出期限は適用事業年度終了の日の翌日から45日を経過する日
  3. 受理通知書:届出受理後、経済産業省から受理通知書が発出される(受理から発出まで約15日)。
  4. 申告書に添付:受理通知書の写しを確定申告書に添付して適用を受ける。

公表は「事業年度終了の日まで」・届出は「+45日」と期限が別

方針の公表期限(事業年度終了の日)と、届出期限(終了日の翌日から45日)は別物です。公表が遅れると要件を満たせません。届出は税制の適用を受ける年度ごとに必要で、期限を過ぎた届出は受理されません。法人税申告書の完成前に期限が来ることが多いため、適用可能性がある企業は賃上げの最終確定を待たず早めに着手するのが安全です。なお令和8年度改正で届出様式が変更されており、令和8年4月1日以後開始事業年度は最新様式を使う必要があります。

事前準備(gBizID・パートナーシップ構築宣言)

届出はオンライン(gBizフォーム)で行うため、事前準備に日数がかかります。直前に動くと間に合わないことがあるため、早めの着手が肝心です。

  • gBizIDプライムのアカウント取得(所要2週間程度)。届出に必須。
  • パートナーシップ構築宣言の登録(所要10日程度)。方針の「取引先への配慮」にこの宣言のURLを記載するため、ポータルサイトでの登録・公表が前提になる。

ヒント:マルチステークホルダー方針の取引先には、令和6年度改正で消費税の免税事業者が含まれることが明確化されました。方針の記載事項を検討する際は、免税事業者である取引先への配慮も織り込む必要があります。

想定Q&A(全企業・中堅企業向け)

Q1. 3月決算の大企業です。令和8年4月以後はもう使えませんか

全企業向けは令和8年3月31日までに開始する事業年度で廃止されるため、3月決算なら令和7年4月~令和8年3月期が最後の適用機会です。令和8年4月1日以後に開始する事業年度では、全企業向けの賃上げによる税額控除は受けられません。中堅・中小に該当しないかも併せて確認してください。

Q2. 継続雇用者が要件を満たせば、全雇用者が減っていても控除を受けられますか

賃上げ要件は継続雇用者の増加率で判定しますが、控除額は全雇用者の給与等支給額の増加額に控除率を乗じて計算します。全雇用者ベースで増加額がなければ控除額は生じません。継続雇用者で要件を満たすことと、全雇用者で増加額があることは別の話で、両方が必要です。

Q3. 中堅企業で3.5%の賃上げをしました。令和8年4月以後も原則控除を使えますか

使えません。令和8年4月1日以後開始事業年度では、中堅企業向けの原則控除の要件が継続雇用者4%以上へ強化されます。3.5%では原則控除を受けられないため、賃上げ水準の引上げを検討するか、中小企業に該当する場合は中小企業向けへの切替えを検討します。

Q4. マルチステークホルダー方針の届出を忘れていました。後から出せますか

届出期限(適用事業年度終了の日の翌日から45日)を過ぎた届出は受理されず、その年度は税額控除を受けられません。公表期限(事業年度終了の日)と届出期限は別物で、いずれも事後の救済が乏しいため、適用可能性がある企業は賃上げの最終確定を待たず早めに公表・届出を済ませておくことが重要です。

Q5. 資本金1億円以下ですが従業員が2,000人を超えます。方針の公表は必要ですか

従業員2,000人超で全企業向けを適用する場合は、資本金にかかわらずマルチステークホルダー方針の公表・届出が必要です(令和6年度改正で対象に追加)。大企業の子会社などで中小企業向けを使えないケースでは、この要件の確認が欠かせません。

適用までの判断フロー

手順 判断内容
1 従業員2,000人以下か。Yesなら中堅企業向け(グループ計1万人超を除く)、Noなら全企業向け
2 適用する事業年度が令和8年4月1日以後開始か。全企業向けは適用不可。中堅は4%要件で令和9年3月末まで
3 継続雇用者の増加率で賃上げ要件を判定(中堅の原則控除は4%以上)
4 一定規模ならマルチステークホルダー方針を作成・公表(事業年度終了の日まで)
5 経済産業大臣へ届出(終了日の翌日から45日以内)、受理通知書を取得
6 全雇用者の増加額×控除率で控除額を計算(上限は法人税額の20%)、受理通知書の写しを添付して申告

まとめ

  • 全企業・中堅は「継続雇用者で判定・全雇用者で計算」の二段構え。
  • 全企業向けは令和8年4月1日以後開始事業年度で廃止。
  • 中堅は継続雇用者4%以上へ要件強化のうえ令和9年3月末で廃止。
  • 一定規模はマルチステークホルダー方針の公表・届出が適用要件(怠ると控除不可)。
  • 公表は事業年度終了日まで、届出は+45日。gBizID・宣言の準備に日数を要する。

出典・参考

※本記事は令和8年6月時点の情報に基づく一般的な解説です。手続きの様式・期限は変更されることがあります。適用にあたっては最新のガイドブックや所轄税務署、税理士にご確認ください。

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