インボイス制度を機に免税事業者から課税事業者になった小規模事業者の負担を軽減するため、消費税の納税額を売上税額の2割に抑えられる「2割特例」が設けられています。しかし、この2割特例は令和8年(2026年)9月で終了します。「2割特例が終わると消費税の負担が一気に増えるのでは」と不安に感じている個人事業主・経営者の方も多いのではないでしょうか。
令和8年度税制改正では、この激変緩和のため、2割特例の終了後に個人事業者限定の「3割特例」が新設されるとともに、買い手側の免税事業者からの仕入れに係る経過措置も延長・見直しされることになりました。本記事では、2割特例の終了、新しい3割特例の内容、買い手側の経過措置の変更点、そして終了後の対策まで、売り手・買い手の両面からわかりやすく解説します。
本記事の内容について
本記事は、令和7年12月に公表された「令和8年度税制改正大綱」の内容に基づいて解説しています。これらは今後の国会審議を経て正式に決定されるものであり、内容が変更される可能性があります。最新の情報は国税庁の公表資料などでご確認ください。
目次
1. インボイス負担軽減措置の全体像
令和5年(2023年)10月に始まったインボイス制度では、小規模事業者の急激な負担増を緩和するため、いくつかの経過措置(負担軽減措置)が設けられてきました。代表的なものが、売り手向けの「2割特例」と、買い手向けの「免税事業者からの仕入れに係る経過措置(8割控除など)」です。
| 措置 | 対象 | 内容 |
|---|---|---|
| 2割特例 | 売り手(小規模事業者) | インボイスを機に課税事業者になった人が、納税額を売上税額の2割にできる |
| 仕入れの経過措置 | 買い手(課税事業者) | 免税事業者からの仕入れでも、一定割合(当初80%)を仕入税額控除できる |
これらの措置は当初、段階的に終了・縮小される予定でした。しかし、小規模事業者の負担増への懸念から、令和8年度税制改正で見直し(売り手は3割特例へ移行、買い手は経過措置を延長)が行われることになりました。なお、2割特例の制度自体の詳しい仕組みは、本シリーズの「インボイス制度とは?」もあわせてご覧ください。
2. 2割特例は令和8年9月で終了する
2割特例は、インボイス制度を機に免税事業者から課税事業者(適格請求書発行事業者)になった小規模事業者を対象に、消費税の納税額を売上に係る消費税額の2割に抑えられる措置です。事前の届出が不要で、確定申告のときに選択できる手軽さから、多くの小規模事業者が活用してきました。
この2割特例は、当初の予定どおり令和8年(2026年)9月30日を含む課税期間をもって終了します。具体的には、個人事業者の場合は令和8年分(令和8年12月31日が属する課税期間)まで適用でき、その後は適用できなくなります。
2割特例終了で負担はどう変わるか
2割特例が使えなくなると、消費税の納税額は原則として「本則課税」または「簡易課税」で計算することになります。例えば、売上1,000万円(消費税100万円)のサービス業の場合、2割特例なら納税額は20万円ですが、簡易課税(みなし仕入率50%)では50万円になるなど、納税額が大きく増える可能性があります。終了後の負担増に備えて、早めに資金計画を見直しておくことが重要です。
3. 新「3割特例」とは
令和8年度税制改正では、2割特例の終了による急激な負担増を緩和するため、新たに「3割特例」が創設されることになりました。これは、消費税の納税額を売上に係る消費税額の3割に抑えられる措置です。
3-1. 3割特例の概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 納税額 | 売上に係る消費税額の3割(売上税額 × 30%) |
| 対象者 | 個人事業者(インボイスを機に課税事業者になった小規模事業者) |
| 適用期間 | 令和9年分・令和10年分の2年間 |
| 手続き | 事前の届出は不要。確定申告書への付記により適用(予定) |
3-2. 2割特例と3割特例の違い
2割特例と3割特例の主な違いを整理すると、次のとおりです。
| 項目 | 2割特例 | 3割特例 |
|---|---|---|
| 納税額 | 売上税額の2割 | 売上税額の3割 |
| 対象 | 個人・法人 | 個人事業者のみ |
| 適用期間 | 令和5年10月〜令和8年(個人は令和8年分まで) | 令和9年分・令和10年分 |
| 手続き | 届出不要・申告時に選択 | 届出不要・申告書に付記(予定) |
納税額が売上税額の2割から3割に上がるため負担は増えますが、本則課税や簡易課税に一気に移行するよりも、段階的に負担が増える設計になっています。
4. 3割特例の対象者・適用方法
4-1. 対象となる事業者
3割特例の対象となるのは、2割特例と同様に、インボイス制度を機に免税事業者から課税事業者(適格請求書発行事業者)になった小規模事業者です。ただし、3割特例は個人事業者に限定されている点が、2割特例との大きな違いです。基準期間(前々年)の課税売上高が1,000万円を超える年など、もともと課税事業者となる年については、2割特例と同様に3割特例も適用できません。
4-2. 適用方法(届出不要)
3割特例は、2割特例と同様に事前の届出が不要で、確定申告書にその旨を付記することにより適用できる方向で検討されています。簡易課税制度のように事前の「消費税簡易課税制度選択届出書」の提出を求められないため、事務負担が軽いのが特徴です。申告のたびに、3割特例を適用するか、本則課税・簡易課税を適用するかを選択できる見込みです。
届出不要のメリット
簡易課税は事前に届出が必要で、いったん選択すると原則2年間継続しなければなりません。一方、3割特例は届出不要で申告のたびに選べるため、その年の状況に応じて有利な方法を柔軟に選択できます。本則課税・簡易課税・3割特例のうち、どれが有利かを毎年シミュレーションして選ぶことができます。
5. 法人は3割特例の対象外
3割特例で最も注意すべき点は、法人は対象外であることです。2割特例は個人・法人のどちらも利用できましたが、3割特例は個人事業者に限定されています。
したがって、インボイス制度を機に課税事業者になった法人は、2割特例が終了する令和8年10月以降は、本則課税または簡易課税で消費税を計算することになります。3割特例という選択肢はありません。
法人は早めに簡易課税の検討を
2割特例を利用していた法人は、終了後に納税額が増えることになります。簡易課税を選択する場合は、原則として適用を受けたい課税期間が始まる前に「消費税簡易課税制度選択届出書」を提出する必要があります。届出のタイミングを逃すと、その課税期間は本則課税となり、想定より納税額が増える可能性があります。法人は2割特例終了後を見据えて、簡易課税と本則課税のどちらが有利かを早めに検討し、必要な届出を期限内に行うことが重要です。なお、2割特例から簡易課税へ移行する場合の届出期限には緩和措置が設けられています(後述のセクション7-2で解説します)。
6. 買い手側の経過措置の見直し
ここまでは売り手(小規模事業者)側の話でしたが、令和8年度税制改正では買い手側の負担軽減措置も見直されました。免税事業者などからの課税仕入れについて、一定割合を仕入税額控除できる経過措置が、延長・細分化されることになりました。
6-1. 控除割合の新スケジュール
改正前は「80%控除→50%控除→終了(0%)」という3段階でしたが、改正後は「80%→70%→50%→30%→0%」の5段階に細分化され、終了時期も令和13年9月まで延長される見込みです。
| 期間 | 控除割合 |
|---|---|
| 〜令和8年9月30日 | 80%(現行) |
| 令和8年10月1日〜令和10年9月30日 | 70%(新設) |
| 令和10年10月1日〜令和12年9月30日 | 50% |
| 令和12年10月1日〜令和13年9月30日 | 30%(新設) |
| 令和13年10月1日〜 | 控除不可(0%) |
改正前は令和8年10月から控除割合が80%から50%へ一気に下がる予定でしたが、改正により令和8年10月からは70%となり、引下げのペースが緩やかになりました。免税事業者と取引を続ける買い手にとっては、控除できる額が増え、控除できる期間も延びる、有利な方向の改正です。
6-2. 年間適用上限額の引下げ(10億円→1億円)
一方で、買い手にとって厳しくなる変更もあります。この経過措置について、1つの免税事業者ごとの年間の適用上限額が設けられ、現行の10億円から1億円へ大幅に引き下げられる見込みです(令和8年10月1日以後に開始する課税期間から)。
これは、特定の免税事業者との巨額な取引による租税回避を防ぐための措置です。年間1億円を超えるような取引がある免税事業者がいる場合、その超過分については経過措置による控除ができなくなるため、買い手企業の税負担が増えることになります。該当する取引先がある企業は、早めの確認と対応が必要です。
切替日付近の取引日の管理に注意
控除割合が切り替わる時期(令和8年10月など)の前後では、いつの課税仕入れかによって控除割合が変わります。請求書の日付や検収日などをより厳密に管理する必要があり、会計システムの税区分設定の見直しも求められます。経理担当者は切替日をまたぐ取引の処理に注意してください。
7. 2割特例終了後の選択肢と対策
2割特例の終了後、小規模事業者が消費税を計算する方法には、次の選択肢があります。それぞれの特徴を理解し、自社にとって有利な方法を選ぶことが重要です。
| 方法 | 対象・期間 | 特徴 |
|---|---|---|
| 3割特例 | 個人事業者・令和9〜10年分 | 売上税額の3割。届出不要。経費が少ない業種に有利 |
| 簡易課税 | 基準期間の課税売上高5,000万円以下 | みなし仕入率で計算。事前届出が必要。業種により有利不利 |
| 本則課税 | すべての課税事業者 | 実際の課税仕入れで計算。設備投資が多い年などに有利 |
7-1. 3割特例と簡易課税のどちらが有利か
個人事業者の場合、令和9年・令和10年は3割特例と簡易課税の両方が選択肢になります。どちらが有利かは業種(簡易課税のみなし仕入率)によって変わります。
簡易課税のみなし仕入率は業種により40%〜90%です。3割特例は「売上税額の3割を納税」=「実質的にみなし仕入率70%で計算」するのと同じ効果になります。したがって、みなし仕入率が70%より低い業種(サービス業=50%、不動産業=40%など)は3割特例が有利になり、みなし仕入率が70%以上の業種(卸売業=90%、小売業=80%など)は簡易課税が有利になる傾向があります。
3割特例は届出不要なので柔軟に選べる
3割特例は届出不要で申告のたびに選択できるため、簡易課税の届出をしていても、その年に3割特例の方が有利であれば3割特例を選べる見込みです。卸売業・小売業など簡易課税が有利な業種以外は、当面は3割特例を活用しつつ、令和11年以降の本格的な納税に備えて準備を進めるのがよいでしょう。簡易課税制度の詳しい仕組みは、本シリーズの「簡易課税制度」の記事もあわせてご覧ください。
7-2. 簡易課税への移行は届出期限が緩和された
2割特例・3割特例の終了後に簡易課税制度へ移行する場合、令和8年度税制改正で届出期限が大きく緩和されました。これは見落とされやすいものの、実務上きわめて重要なポイントです。
簡易課税制度は、原則として適用を受けようとする課税期間の開始日の前日までに「消費税簡易課税制度選択届出書」を提出する必要があります(消費税法37条1項)。事前提出が大原則です。しかし、改正により、2割特例または3割特例の適用を受けた事業者が、その翌課税期間に簡易課税制度の適用を受ける場合には、選択届出書の提出期限が、その翌課税期間の「確定申告期限まで」に延長されました(インボイスQ&A問117)。
「事前提出」の原則が事後でもよくなる特例
通常は課税期間が始まる前に届出が必要なため、「気づいたときには期限切れ」というケースが起こりがちでした。この特例により、2割特例・3割特例からの移行に限っては、申告のタイミングで届出書を出せばよいことになり、提出漏れによる不利益を防げます。例えば個人事業者が令和9年分から簡易課税を適用したい場合、令和9年分の確定申告期限(令和10年3月末)までに届出書を提出すれば間に合います。なお、申告期限の延長特例を受けている法人は、その延長された期限までに提出すればよいとされています。
適用されるのは令和8年10月1日以後に終了する課税期間から
この届出期限の弾力措置が適用されるのは、簡易課税を適用したい「翌課税期間」が令和8年10月1日以後に終了するケースです。また、この特例はあくまで2割特例・3割特例からの移行に限ったものであり、すべての事業者の簡易課税の届出が事後でよくなるわけではない点には注意が必要です。届出書には、この特例の適用を受ける旨のチェック欄に印を付し、適用開始課税期間を記載します。
8. まとめ
インボイス制度の2割特例の終了と、新しい3割特例・経過措置の見直しについて解説しました。重要なポイントを整理します。
2割特例終了・3割特例の重要ポイント
1. 2割特例の終了
・令和8年(2026年)9月で終了(個人は令和8年分まで)
2. 新「3割特例」
・売上税額の3割を納税額にできる
・個人事業者限定(法人は対象外)
・令和9年分・令和10年分の2年間
・届出不要・申告書に付記で適用(予定)
3. 法人の対応
・3割特例は使えず、本則課税か簡易課税へ
・簡易課税は事前届出が原則(期限に注意)
・ただし2割・3割特例からの移行は翌課税期間の確定申告期限まで届出可(弾力措置)
4. 買い手側の経過措置
・80%→70%→50%→30%→0%の5段階に細分化
・令和8年10月から70%、終了は令和13年9月
・1免税事業者ごとの年間上限が10億円→1億円に引下げ
5. 終了後の選択
・3割特例・簡易課税・本則課税から有利な方法を選ぶ
・みなし仕入率70%未満の業種は3割特例が有利な傾向
2割特例の終了により消費税の負担増は避けられませんが、3割特例や簡易課税を上手く活用すれば、負担を段階的に抑えることができます。自社にとってどの方法が有利かは、業種や売上・経費の状況によって異なるため、早めにシミュレーションを行い、必要に応じて顧問税理士に相談することをおすすめします。
※本記事は令和8年度税制改正大綱に基づく一般的な情報提供を目的としたものであり、今後の国会審議で内容が変更される可能性があります。また、個別の税務判断を保証するものではありません。実際の適用にあたっては、国税庁の最新情報や顧問税理士にご確認ください。
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