役員退職金の損金算入限度額|功績倍率法の計算方法や否認リスクを徹底解説

法人税

役員退職金(役員退職給与)は、長年会社に貢献した役員に対し、その功績に報いるために支給される極めて重要な給与です。法人税法上は損金算入が認められる一方で、「不相当に高額な部分」や「事実を隠蔽・仮装した部分」については損金不算入となり、税務調査で否認されるケースも少なくありません。また、役員退職金の支給には株主総会の決議などの法的手続きが必要であり、これを欠くと損金算入が否認されるリスクもあります。さらに、受け取る役員側にとっても、退職所得は「退職所得控除」「2分の1課税」といった大きな税制優遇が用意されており、適切な金額設定と手続きを行えば、法人・個人の双方にとって有利な節税効果を享受することができます。

本記事では、役員退職金の基礎知識から、支給要件、損金算入時期、損金不算入となるリスク、節税効果、株主総会決議の手続きまで、税理士の視点で実務的なポイントを徹底解説します。本記事を読めば、役員退職金の全体像と、税務リスクを回避するために押さえるべき重要事項を理解できるようになります。

1. 役員退職金(役員退職給与)とは

役員退職金(役員退職給与)とは、役員が退任・退職する際に、その在任期間中の職務執行の対価の一部の後払いとして法人から支給される給与のことをいいます。法人税法上は「役員退職給与」と呼ばれ、所得税法上は「退職所得」として取り扱われます。一般的には「役員退職慰労金」と呼ばれることもありますが、税務上の取り扱いはいずれも同じです。

1-1. 役員退職金の法的性質

役員退職金の性質を正しく理解するためには、「会社と従業員」「会社と役員」の法律関係の違いを押さえる必要があります。

区分 従業員 役員
法律関係 雇用契約(労働基準法) 委任契約(会社法330条)
退職金の支給義務 退職金規程があれば支給義務あり(賃金の後払い的性格) 原則として支給義務なし(任意の慰労金)
支給の決定 退職金規程に基づく 株主総会の決議が必要(会社法361条)
税務上の損金算入 原則全額損金算入 不相当に高額な部分は損金不算入

このように、役員退職金は会社が任意で支給するものであり、退任した役員が法的に請求できる権利はありません。あくまでも会社(株主総会)の判断により、長年の功労に報いる形で支給される慰労金としての性格を持ちます。ただし、株主総会の決議があれば支給は適法に行われ、税務上も適正額の範囲内であれば損金算入が認められます。

1-2. 役員退職金の種類

役員退職金は、支給の事由により次の3つに分類されます。

役員退職金の3つの種類

生前退職金(通常の退職・引退に伴う支給)
死亡退職金(役員の死亡に伴う遺族への支給)
分掌変更退職金(実質的な引退に伴う支給)

① 生前退職金

最も一般的な役員退職金で、役員が生前に退任・引退する際に支給されるものです。法人税法上は「役員退職給与」として取り扱われ、適正額の範囲内であれば全額損金算入が可能です。受け取る役員側は「退職所得」として課税され、退職所得控除と2分の1課税の優遇措置を受けられます。

② 死亡退職金

役員が在任中に死亡したことに伴い、遺族に対して支給される退職金です。法人税法上は通常の役員退職金と同じく損金算入が可能ですが、業務上の死亡の場合には「業務上死亡加算」として、相続税基本通達3-20に準じて死亡時の普通給与の3年分を加算した金額をもって適正額とすることが認められた裁決事例もあります。なお、死亡退職金は受け取る遺族側では相続税の課税対象となります(みなし相続財産)。

③ 分掌変更退職金

役員が完全に退任するのではなく、代表取締役から平取締役へ、あるいは常勤から非常勤へといった「分掌変更」に伴って支給される退職金です。法人税基本通達9-2-32により、その分掌変更によって役員としての地位または職務の内容が激変し、実質的に退職したと同様の事情にあると認められる場合に限り、退職給与として取り扱うことが認められます。例えば、給与が概ね50%以上減少していることなどが目安とされていますが、形式的な要件だけでなく、経営への関与度合いなどの実態を総合的に判断する必要があります。

分掌変更退職金の重要ポイント

分掌変更退職金は、形式的な肩書きの変更だけでは認められず、実質的に経営から退いたことが必要です。退任後も「経営上主要な地位」を占めている場合は、退職給与として認められず、役員賞与(損金不算入)として取り扱われるリスクがあります。詳細は「分掌変更退職金の要件|実態判定の論点と否認回避策」の記事をご覧ください。

1-3. 役員退職金の根拠規定

役員退職金に関する税法上の主な根拠規定は以下のとおりです。

根拠規定 内容
法人税法34条1項 役員給与の損金不算入の原則を規定(退職給与は除外)
法人税法34条2項 不相当に高額な部分は損金不算入
法人税法34条3項 事実を隠蔽・仮装した場合は損金不算入
法人税法施行令70条2号 不相当に高額の判断要素を規定(在任期間、退職事情、同業類似法人の支給状況等)
法人税基本通達9-2-28 役員退職給与の損金算入時期
法人税基本通達9-2-32 分掌変更等の場合の役員退職給与の取扱い
会社法361条 取締役の報酬等の決定(株主総会決議の必要性)
所得税法30条 退職所得(退職所得控除・2分の1課税)

2. 役員退職金の支給要件

役員退職金を適正に支給し、税務上も損金算入が認められるためには、いくつかの重要な要件を満たす必要があります。ここでは、実務上必ず押さえるべき3つの支給要件について解説します。

2-1. 株主総会の決議

役員退職金の支給には、株主総会の決議が必須です。会社法361条は、取締役の報酬・賞与・その他の職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益について、定款に定めがない場合は株主総会の決議によって定めなければならないと規定しています。役員退職金もこの「報酬等」に含まれるため、株主総会の決議を経ずに支給すると、法的な有効性そのものが問題となるばかりか、税務上も損金算入が否認されるリスクが生じます。

株主総会決議の実務

実務上は、以下のいずれかの方法で株主総会決議を行います。
① 具体的な金額を決議する方法
株主総会で「退任した代表取締役○○に対し、退職慰労金として金〇〇円を支給する」と具体的に決議します。

② 支給基準を示し、具体的金額を取締役会に一任する方法
株主総会で「役員退職金規程に従って算定される金額を、取締役会に一任して決定する」と決議し、その後の取締役会で具体的な金額を決定します。一般的にはこの方法が多く採用されます。

いずれの場合も、株主総会議事録の作成と保管は必須です。

2-2. 役員退職金規程の整備(任意)

役員退職金規程の整備は、税務上必須の要件ではないとされています。先述のとおり、役員と会社の関係は委任契約であり、退任に伴う退職金の支給は法律上の義務ではなく、会社(株主総会)の任意の判断によるものです。したがって、規程がなくても、株主総会で具体的な金額を決議すれば適法に支給することができます。

ただし、実務上は役員退職金規程を整備しておくことが強く推奨されます。理由は以下のとおりです。

  • 支給額の算定根拠が明確になる:規程に基づいた合理的な計算結果として支給額を説明できるため、税務調査での説明資料として有効です。
  • 株主・役員間の合意形成が容易になる:規程があれば、株主や役員の間で支給額をめぐる紛争を回避しやすくなります。
  • 「お手盛り」と判断されにくい:規程に基づく支給であれば、利益操作や恣意的な支給と認定されにくくなります。
  • 事業承継時の透明性が高まる:後継者にとっても、規程があれば将来の退職金額を予測しやすくなります。

2-3. 実質的に退職したことの認定

役員退職金として損金算入が認められるためには、実質的に退職したと認められることが必要です。形式的に退任の登記をしていても、実態として経営に関与し続けている場合には、税務上の役員退職金として認められないリスクがあります。

特に問題となるのが、退任後も会長や相談役、顧問などの肩書きで会社に残るケースや、代表取締役から平取締役・監査役へ変わるなど、いわゆる「分掌変更」のケースです。これらの場合、過去の判例で示された「経営上主要な地位」の判断要素として、以下のような事実が総合的に検討されます。

「経営上主要な地位」の判断要素(判例より)

① 筆頭株主であること
② 重要な取引先である金融機関との交渉
③ 取締役会等に出席し、決議に参加していること
④ 従業員に指示を与えていること
⑤ 重要な事業用資産の売却取引等の設備投資に対する最終意思決定を行っていること
⑥ 同業者団体の行事にその会社の代表者として継続的に参加している事実
⑦ 事業活動に広く関与していること
⑧ 従業員の採用決定や給料等の査定

これらの判断要素に該当する事実が複数認められる場合、たとえ退任の登記をしていても「実質的に退職した」とは認められず、退職金の支給が役員賞与(損金不算入)として取り扱われる可能性があります。退職後は経営に関与しないこと、報酬を受け取らないこと、業務上の指示を出さないことなど、退任の実態を明確にしておくことが重要です。

3. 役員退職金の損金算入時期

役員退職金は高額になることが多く、どの事業年度の損金として算入するかは、法人の税負担に大きな影響を与えます。法人税基本通達9-2-28では、役員退職金の損金算入時期について「原則」と「例外」の2つのパターンを認めています。

3-1. 原則:株主総会等の決議日が属する事業年度

役員退職金の損金算入時期の原則は、「株主総会の決議等によりその額が具体的に確定した日の属する事業年度」です(法人税基本通達9-2-28本文)。つまり、株主総会で具体的な支給額が決議された日が属する事業年度の損金として処理することになります。

この場合、実際の支払い時期は問わず、未払金として計上していても損金算入が可能です。多くの会社では、株主総会で決議した事業年度の損金として処理し、その後に分割で支払うという方法が採用されています。

「具体的に確定した日」とは

「具体的に確定した日」とは、株主総会の決議によって支給額が明確に決定された日を指します。例えば、株主総会で「金額の決定を取締役会に一任する」と決議した場合は、その後の取締役会で具体的な金額が決定された日が「具体的に確定した日」となります。

逆に、取締役会で内定した金額があっても、株主総会の決議がない段階では、未払金に計上しても損金算入は認められません。

3-2. 例外:支払日に損金算入する方法

法人税基本通達9-2-28のただし書きでは、「法人がその退職給与の額を支払った日の属する事業年度においてその支払った額につき損金経理をした場合には、これを認める」と定められています。つまり、株主総会の決議日ではなく、実際に支払った日の事業年度に損金算入することも認められています。

この方法を採用する場合は、「損金経理」が要件となります。損金経理とは、確定した決算において費用または損失として経理することをいい、申告書での加算・減算による調整では認められない点に注意が必要です。

区分 原則 例外
損金算入時期 株主総会の決議等で具体的に確定した日が属する事業年度 支払日の事業年度
損金経理の要否 不要(申告調整可) 必要
未払金計上 可能 不可(支払時に損金経理)
実務での採用 多い 資金繰り等の都合で選択

3-3. 分掌変更退職金の損金算入時期の特例

分掌変更退職金については、原則と例外のうち例外(支払日基準)を選択することができません。法人税基本通達9-2-32の注書きには「本文の『退職給与として支給した給与』には、原則として、法人が未払金等に計上した場合の当該未払金等の額は含まれない」と明記されています。

つまり、分掌変更退職金は、株主総会等の決議によって支給額が確定した日が属する事業年度に実際に支払い(または損金経理)が必要で、未払金計上による損金算入は原則として認められません。資金繰りを考慮して分割支給を予定している場合は、実際に支払うタイミングと損金計上の事業年度のずれに注意が必要です。

損金算入時期の選択における注意点

役員退職金の損金算入時期は、原則と例外のいずれを選択することもできますが、会社で継続適用する必要があります。事業年度ごとに有利な方法を選択することは認められません。また、株主総会の決議を意図的に遅らせることで損金算入時期を恣意的に操作することも、利益操作と判断されるリスクがあります。実際の支給時期と決議時期は、合理的な範囲で行うことが重要です。

4. 役員退職金の損金不算入リスク(概要)

役員退職金は、適正額の範囲内であれば全額損金算入が認められますが、以下の場合には損金算入が否認されるリスクがあります。本セクションでは、損金不算入となる主な2つのケースを概観し、詳細は本シリーズの個別記事で解説します。

4-1. 不相当に高額な部分(法人税法34条2項)

役員退職金のうち「不相当に高額な部分」は損金不算入とされます(法人税法34条2項)。「不相当に高額」の判断は、法人税法施行令70条2号に定める以下の要素を総合的に勘案して行われます。

  • 当該役員のその内国法人の業務に従事した期間
  • その退職の事情
  • その内国法人と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員に対する退職給与の支給の状況

実務上は、過去の裁判例で確立された「平均功績倍率法」を用いて適正額を算定するのが一般的です。具体的な計算式は以下のとおりです。

平均功績倍率法による適正額の算定式

適正な役員退職金 = 最終報酬月額 × 役員在任年数 × 功績倍率

功績倍率は、同業類似法人の役員退職金の支給状況をもとに算定されますが、実務上は過去の判例で示された以下の倍率が目安とされています(昭和55年5月26日東京地裁判決における全上場会社1,603社の調査結果より)。

役職 平均功績倍率の目安
代表取締役(社長) 3.0倍
専務取締役 2.4倍
常務取締役 2.2倍
平取締役 1.8倍
監査役 1.6倍

なお、これらの倍率はあくまでも目安であり、法令で定められた絶対的な基準ではありません。実際の税務調査では、納税者の同業類似法人を抽出して個別に算定された功績倍率が用いられます。詳細な計算方法と判例の分析は、本シリーズの「役員退職金の損金算入限度額|功績倍率法の計算方法や否認リスクを徹底解説」および「役員退職金の「不相当に高額」と判断される基準|判例で徹底分析」をご覧ください。

4-2. 事実を隠蔽・仮装した部分(法人税法34条3項)

役員退職金の支給に関して事実を隠蔽または仮装した場合、その隠蔽・仮装に基づいて支給された金額は、その全額が損金不算入となります(法人税法34条3項)。具体的には、以下のようなケースが該当します。

  • 実態のない役員退職金の計上:実際には退職していないにもかかわらず、退職したかのように装って退職金を支給する
  • 退職時期の偽装:実際の退職時期と異なる時期に退職したと偽装する
  • 役員報酬の架空増額:退職直前に役員報酬を不当に増額し、その増額後の報酬を基礎に退職金を計算する
  • 株主総会議事録の偽造:実際には開催していない株主総会の議事録を作成する

隠蔽・仮装の重い税務リスク

法人税法34条3項に該当する隠蔽・仮装行為が認定されると、当該役員退職金の全額が損金不算入となります。「不相当に高額な部分のみ」が損金不算入となる34条2項とは異なり、適正額の範囲内であっても損金算入が認められなくなるため、税務リスクが極めて大きくなります。さらに、重加算税の対象にもなりやすく、本来の税額の35〜40%の重加算税が課される可能性があります。

5. 役員退職金の節税効果

役員退職金は、支給する法人側にとっても、受け取る役員側にとっても大きな節税効果がある制度です。役員報酬として毎月支給するよりも、役員退職金として一時にまとめて支給する方が、トータルで見て税負担を抑えられるケースが多くあります。本セクションでは、法人側・個人側それぞれのメリットを解説します。

5-1. 法人側のメリット

法人が役員退職金を支給した場合、適正額の範囲内であれば全額が損金算入されるため、その分だけ課税所得が減少し、法人税等の負担が軽減されます。

① 法人税等の節税効果

例えば、5,000万円の役員退職金を支給した場合、実効税率を約30%とすると、約1,500万円の法人税等が軽減されます。役員退職金は通常、退任した事業年度に多額の損失を計上する形になりますが、これにより法人税等の負担が大幅に減少します。

② 自社株評価の引下げ効果

役員退職金の支給により、法人の純資産価額が減少するため、自社株評価額が引き下がる効果があります。これは、事業承継において自社株式を後継者に譲渡・贈与・相続させる際の税負担軽減に直結します。特に類似業種比準価額方式や純資産価額方式で評価される非上場株式の評価額に大きな影響を与えるため、事業承継対策として役員退職金を活用するケースは少なくありません。

③ 欠損金の繰越控除との組み合わせ

役員退職金により多額の欠損金が発生した場合、その欠損金は青色申告法人であれば10年間(2018年4月1日以後開始事業年度から)にわたって繰越控除することができます。これにより、退任後の事業年度においても、過去の欠損金を活用して法人税等を軽減することが可能です。

5-2. 個人側のメリット(退職所得の税制優遇)

役員退職金を受け取る個人側にとっても、退職所得は所得税法上、給与所得や事業所得と比べて大きな税制優遇が用意されています。具体的には、以下の3つの優遇措置があります。

① 退職所得控除

退職所得控除額は、勤続年数に応じて以下のように計算されます。

勤続年数 退職所得控除額
20年以下 40万円 × 勤続年数(最低80万円)
20年超 800万円 + 70万円 ×(勤続年数 − 20年)

勤続年数に1年未満の端数がある場合は、1年に切り上げて計算します。また、障害者になったことが直接の原因で退職した場合は、上記の金額に100万円が加算されます。

退職所得控除額の計算例

例1:勤続年数25年で退任した代表取締役
退職所得控除額 = 800万円 + 70万円 ×(25年 − 20年)= 1,150万円

例2:勤続年数35年で退任した代表取締役
退職所得控除額 = 800万円 + 70万円 ×(35年 − 20年)= 1,850万円

例3:勤続年数10年で退任した取締役
退職所得控除額 = 40万円 × 10年 = 400万円

② 2分の1課税

退職所得の金額は、退職金から退職所得控除額を差し引いた残額の2分の1とされます。つまり、退職所得は実質的に半分しか課税されないことになり、給与所得などと比べて大幅に税負担が軽減されます。

退職所得の金額の計算式

退職所得の金額 =(退職金の収入金額 − 退職所得控除額)× 1/2

③ 分離課税

退職所得は、他の所得(給与所得、事業所得など)とは分けて計算する分離課税の対象です。総合課税である給与所得などと合算されないため、累進税率の影響を受けにくく、税負担が抑えられます。

5-3. 役員退職金の節税シミュレーション

具体的な事例で、役員退職金の節税効果を確認してみましょう。

シミュレーション:勤続30年の代表取締役が退職金6,000万円を受給する場合

【前提条件】
・勤続年数:30年
・最終報酬月額:100万円
・役員退職金:6,000万円
・功績倍率:2.0倍(社長3.0倍以下の適正範囲内)

【退職所得控除額】
800万円 + 70万円 ×(30年 − 20年)= 1,500万円

【退職所得の金額】
(6,000万円 − 1,500万円)× 1/2 = 2,250万円

【所得税額(累進税率適用)】
2,250万円 × 40% − 279.6万円 = 620.4万円
復興特別所得税:620.4万円 × 2.1% = 13.03万円
合計所得税額:約 633万円

【住民税額】
2,250万円 × 10% = 225万円

【手取り額】
6,000万円 − 633万円 − 225万円 = 約5,142万円(手取り率約85.7%)

上記の例では、6,000万円の役員退職金に対する税負担は約858万円(所得税・住民税の合計)となり、手取り率は約85.7%と非常に高くなります。同じ金額を役員報酬として毎月支給した場合と比べると、税負担が大幅に軽減されることが分かります。

役員等勤続年数が5年以下の場合の特例(特定役員退職手当等)

役員等としての勤続年数が5年以下である者が支払を受ける退職金(特定役員退職手当等)については、2分の1課税が適用されません(所得税法30条4項、所得税基本通達30-2の3、No.2737)。これは公務員の天下りを規制する目的で設けられた規定ですが、一般企業の役員にも適用されます。役員就任後5年以内の退職を検討する場合は、税負担が大きく増加するため、退職時期の検討が必要です。

6. 役員退職金の支給手続き

役員退職金を税務上問題なく支給するためには、適切な手続きを経ることが極めて重要です。手続きに不備があると、税務調査で否認されるリスクが高まります。ここでは、実務で必要となる主な手続きを順を追って解説します。

6-1. 役員退職金支給の手続きフロー

役員退職金を支給する一般的なフローは以下のとおりです。

役員退職金支給の流れ

① 役員退職金規程の確認・整備(任意)
規程がない場合は、支給根拠を明確化するために整備することが望ましい

② 取締役会で支給額の原案を決定(任意・規程に応じて)
役員退職金規程に基づき、支給額・支給時期等の原案を取締役会で決定

③ 株主総会で決議(必須)
役員退職金の支給を決議する。具体的金額を決議するか、金額の決定を取締役会に一任するかを選択

④ 取締役会で具体的な金額を決定(金額の決定を一任した場合)
株主総会の一任決議を受けて、取締役会で具体的な金額・支給時期等を決定

⑤ 退職所得の受給に関する申告書の徴収(必須)
受給者から「退職所得の受給に関する申告書」を提出してもらう

⑥ 源泉徴収税額の計算と源泉徴収(必須)
退職所得控除等を適用した上で源泉徴収税額を計算し、退職金から控除

⑦ 役員退職金の支払い(実行)
決議された金額から源泉徴収税額を控除した金額を、退任した役員に支払う

⑧ 源泉徴収税の納付(必須)
支払日の翌月10日までに、所得税および復興特別所得税、住民税を納付

⑨ 退職所得の源泉徴収票の作成・交付(必須)
受給者に対して源泉徴収票を交付し、税務署および市区町村に提出(令和8年1月1日以後)

6-2. 株主総会議事録の作成

株主総会議事録は、役員退職金の支給を適法に決議したことを証明する重要な書類です。税務調査において、議事録の作成・保管は必ず確認されるポイントであり、議事録がない場合や内容に不備がある場合は、損金算入が否認されるリスクがあります。

株主総会議事録には、以下の事項を記載する必要があります(会社法施行規則72条)。

  • 株主総会が開催された日時および場所
  • 株主総会の議事の経過の要領およびその結果
  • 株主総会に出席した取締役、監査役、会計参与等の氏名
  • 株主総会の議長の氏名
  • 議事録を作成した取締役の氏名
  • 役員退職金の支給に関する決議事項(具体的金額または計算根拠等)

株主総会議事録の決議事項の記載例

【例1:具体的金額を決議する場合】
「令和○年○月○日付で退任した代表取締役○○○○に対し、その在任中の功労に報いるため、当社役員退職金規程に基づき、退職慰労金として金○○○○万円を支給することにつき、満場一致をもって承認可決した。」

【例2:金額の決定を取締役会に一任する場合】
「令和○年○月○日付で退任した代表取締役○○○○に対し、退職慰労金を支給することとし、その具体的な金額、支給期日、支給方法等については、当社役員退職金規程に従い、取締役会の決定に一任することにつき、満場一致をもって承認可決した。」

6-3. 退職所得の受給に関する申告書の徴収

役員退職金を支給する際は、受給者から「退職所得の受給に関する申告書」を提出してもらう必要があります。この申告書を提出してもらうことで、源泉徴収税額の計算において退職所得控除や2分の1課税を適用することができます。

仮にこの申告書が提出されない場合は、退職金の支払額の20.42%(所得税および復興特別所得税)が一律で源泉徴収される取り扱いとなり、受給者は確定申告によって税額の精算を行う必要があります。実務上はトラブル防止のためにも、支給時に必ず提出してもらうようにしましょう。

6-4. 源泉徴収税額の計算と納付

役員退職金から控除する源泉徴収税額は、以下のとおり計算します。

源泉徴収税額の計算手順

① 退職所得の金額の計算
退職所得の金額 =(退職金の額 − 退職所得控除額)× 1/2

② 所得税額の計算
所得税額 = 退職所得の金額 × 所得税率 − 控除額(速算表により計算)

③ 復興特別所得税額の計算
復興特別所得税額 = 所得税額 × 2.1%

④ 住民税額の計算
住民税額 = 退職所得の金額 × 10%(市町村民税6% + 道府県民税4%)

源泉徴収した所得税および復興特別所得税は、退職金の支払日の翌月10日までに納付する必要があります。住民税は、退職所得の住民税(特別徴収)として、特別徴収義務者である法人が同じく翌月10日までに納付します。

7. 役員退職金の仕訳・経理処理

役員退職金の仕訳・経理処理は、損金算入時期(原則・例外)の選択によって異なります。ここでは、それぞれのパターンの基本的な仕訳例を確認します。詳細な仕訳パターンは「役員退職金の仕訳・会計処理|支給時期と損金算入時期の調整」の記事をご覧ください。

7-1. 株主総会決議時に未払金計上する場合(原則)

株主総会で支給額が確定した時点で、役員退職金を費用計上し、相手勘定として未払金を計上します。支給額:5,000万円、源泉徴収税額:500万円とする場合の仕訳例は以下のとおりです。

① 株主総会決議時(支給額の確定)

(借)役員退職金 50,000,000 / (貸)未払金 50,000,000

② 退職金の支払時(源泉徴収税額を控除)

(借)未払金 50,000,000 / (貸)現金預金 45,000,000
                 預り金(源泉所得税等)5,000,000

③ 源泉徴収税額の納付時(翌月10日まで)

(借)預り金(源泉所得税等)5,000,000 / (貸)現金預金 5,000,000

7-2. 支払日に損金経理する場合(例外)

支払日に損金算入する方法(例外)を選択する場合は、支払日に役員退職金を費用計上します。

① 退職金の支払時(損金経理)

(借)役員退職金 50,000,000 / (貸)現金預金 45,000,000
                  預り金(源泉所得税等)5,000,000

② 源泉徴収税額の納付時(翌月10日まで)

(借)預り金(源泉所得税等)5,000,000 / (貸)現金預金 5,000,000

8. まとめ

役員退職金は、長年会社に貢献した役員の功労に報いるとともに、法人・個人の双方にとって大きな税制優遇を受けられる重要な制度です。一方で、税務上の取扱いには複雑な論点が多く、適切な手続きと適正額の設定を行わないと、税務調査で否認されるリスクがあります。

本記事で解説した役員退職金の基本ポイントを以下にまとめます。

役員退職金の重要ポイント

1. 役員退職金の性質
・会社と役員は委任契約(会社法330条)であり、退職金の支給は任意
・株主総会の決議が必須(会社法361条)
・3つの種類:生前退職金・死亡退職金・分掌変更退職金

2. 支給要件
・株主総会の決議(必須)
・役員退職金規程の整備(任意だが推奨)
・実質的に退職したことの認定

3. 損金算入時期
・原則:株主総会等の決議日が属する事業年度
・例外:支払日に損金経理した事業年度
・分掌変更退職金は未払金計上が原則認められない

4. 損金不算入リスク
・「不相当に高額な部分」は損金不算入(法人税法34条2項)
・「事実を隠蔽・仮装した部分」はその全額が損金不算入(法人税法34条3項)

5. 節税効果
・法人側:損金算入による法人税等の軽減、自社株評価の引下げ
・個人側:退職所得控除、2分の1課税、分離課税
・5年以下の役員は2分の1課税が不適用(特定役員退職手当等)

6. 支給手続き
・株主総会議事録の作成・保管が必須
・退職所得の受給に関する申告書を徴収
・源泉徴収税額の計算・納付(翌月10日まで)

役員退職金の支給は、適正な手続きと金額設定を行えば大きな節税効果を享受できますが、税務上の論点が多岐にわたるため、税理士などの専門家に相談しながら進めることが重要です。本シリーズでは、役員退職金の各論点をさらに深く掘り下げて解説していきますので、ぜひ他の記事もご参照ください。

役員退職金シリーズ(全10記事)

  1. 役員退職金(役員退職慰労金)とは?要件・損金算入・税金を徹底解説(本記事)
  2. 役員退職金の損金算入限度額|功績倍率法の計算方法や否認リスクを徹底解説
  3. 役員退職金の「不相当に高額」と判断される基準|判例で徹底分析
  4. 役員退職金規程の作り方と運用|税務リスクを回避する実務ポイント
  5. 分掌変更退職金の要件|実態判定の論点と否認回避策
  6. 使用人兼務役員の退職金|使用人期間と役員期間の按分方法
  7. 役員退職金の所得税・住民税|退職所得控除・1/2課税の特例
  8. 役員退職金の仕訳・会計処理|支給時期と損金算入時期の調整
  9. 死亡退職金の取扱い|業務上死亡加算・相続税の取扱い
  10. 役員退職金のよくある質問Q&A集

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